業績評価

学年末の業務で忙しかったので、業績評価のあたりの動きが分かりませんでした。

今年度は私は業績評価の開示請求は行いませんでした。

なぜかというと、業績評価で私が成長している訳ではないから。もっと正確に言うと、私自身が業績評価を仕事のモチベーションにしていないので。つまり、自分自身の喜びは、業績評価の査定対象になる「目標」を達成することではないから。

まぁ、業績評価が自分の身にどのように降りかかって来るかというと、主任教諭や主幹教諭の選考を受けるときぐらいじゃないかと。選考にもれたら、あー、私の評価ってそんなものだったのねと思えばいいぐらいじゃないですか。

そういえば、主任教諭の選考に応募するための資格は教職歴8年以上かつ都の教職歴2年以上なので、私はあと2年は応募資格がございません。受験資格ができれば受けるとは思いますが、考えるところもあります。

最近、主任教諭や主幹教諭が出来上がって、教諭としての生き方を追求するスタンスから、立場で仕事をするスタンスへと変わろうとしています。おい教諭、主幹教諭や主任教諭の言うことを聞きなさい。ちゃんとホウレンソウしなさい、きちんとアウトプットしなさい、立場が上の人の言うことをちゃんと聞きなさい、という感じかしら。会社にお勤めの方なら常識の仕事の進め方ですね。別に私はそう動けといわれれば動けるのでいいんですけれども、「生き方」よりも「お仕事」色が濃くなっていくようで、なんだか寂しいものを覚えるのですが。

教諭、主任教諭、主幹教諭、副校長、校長というのは生徒からすれば教員ってそういう序列なのねぐらいのものです。この序列のおかげで生徒達が「この学校でよかった」と思って卒業していくわけではありません。立場はどうあれ、生徒に対して何をすることが必要なことなのかを意識の中に常に入れておかないと、学校がお役所になってしまう。企業のマネを、というのなら、形だけではなく自分の仕事の先(つまり生徒に関すること)に何があるのかを追求する精神もマネしないとならんのではないか。それを創り出すための”立場”であるのならいいけれど、都教委からの伝言ゲームのルータの役割ぐらいのものなら単なる「お役所仕事」になってしまって良い事無いんじゃないかな、と心配します。

ひとまず私はどのような立場になろうとも、これからも教員として成長できることを意識しながら仕事したいと思います。

Comments are closed.